Diana Garden Nishiazabu(ディアナガーデン西麻布)が2019年グッドデザイン賞を受賞しました

弊社でデザインを担当したディアナガーデン西麻布が2019年グッドデザイン賞を受賞しました。

東京都心では様々な法規規制により、形態が決まることが多いのですが、その制約を逆に生かした企画とデザインを行っています。

日影規制を受け壇上に大きくセットバックする形態を逆に生かし、ネガティブに受け取られがちな北側住戸を、都心にいながら眺望と空を感じるゆとりある空間で新しいライフスタイルを感じる住戸としました。
また、敷地が性格の異なる3つの道路に面しており、それぞれの街並みに相応しいファサードとアプローチ空間を確保しています。

内装デザインでは、欧米テーストの高級を志向するデザインではなく、白木に代表される日本人に相応しい高質なデザインを追求しました。

 

PROUD FLAT 戸越公園が2019年グッドデザイン賞を受賞しました

弊社で基本計画とデザインを担当したPROUD FLAT 戸越公園が2019年グッドデザイン賞を受賞しました。

最寄駅となる東急大井町線戸越公園駅には駅前商店街があり、本敷地はその商店街から一歩入った個人商店が点在する緩やかな商店街に立地します。このヒューマンスケールな商店街と緩やかな賑わいを継承することを意識しながら計画を行いました。

対面する小規模な施設に対して長大なファサードをバルコニーの形状を分割、細分化することでスケール感を合わせ通りの親しみ感を継承しています。

また、集合住宅はプライバシーを重視するあまり通りに対して閉じた計画が多く見られますが、本計画ではエントランスラウンジも外部テラスを介して通りに開き、内部の灯りも通りに漏れるよう配慮するとともに、1階は品川区の生活支援型一時保育施設が併設されることで、子供の元気な声が商店街に活気を与えることを願っています。

住戸は全室賃貸で、ワンルームタイプが70%を占めるため、ファミリータイプは最上階に集約させ、セットバックを利用し諸室が全てルーフテラスに面した約12mのフロンテージを持った特徴的な住戸を配置しています。

月刊誌建築ジャーナル10月号に「アトラス四谷本塩町」が掲載されました

月刊誌建築ジャーナル10月号に、「アトラス四谷本塩町」が掲載されました。

http://www.kj-web.or.jp/gekkan/2019/1910.html

アトラス四谷本塩町は、1956年に民間による分譲住宅として建設された「四谷コーポラス」(詳細は建築ジャーナル2018年8月号に掲載)の建替えです。

建替えに際し、弊社が地権者の意向を反映した独自の建替えプランを作成し、事業協力者としてのデベロッパーを選定することで、かなりの短期間で等価交換による建替え事業が実現しました。

日本では老朽化したマンションの建替えが多くの困難を伴い、今後社会問題化することが予想されます。今回は建替えの条件が恵まれていたこともありますが、少しでも参考になればと考えています。

完成間際の北京南法信プロジェクト

4年前から始まった北京の南法信プロジェクトの外装がほぼ完成したので見てきました。
敷地は北京国際空港の滑走路の真北に位置し、上空を低空で頻繁に飛行機が行き来する場所にあります。当初は1万㎡のオフィスを10棟、地下には商業施設と駐車場という条件で、新しいコミュニティを形成するワークスペースを作る提案をして、それが評価されて仕事を獲得したのですが、役所との協議が進むにつれ(中国では役所との交渉は全てクライアントが行う)、10棟が4棟になり、更にこのエリアはオフィスを作ってはいけないという事になりました。混迷を深め当社のコンセプトも消滅、最終的には4棟ともIDC(コンピューターのデータセンター)になり、我々は外装のデザインに集中することになりました。
近年の中国では、お金と時間があればかなりのクオリティを実現できるようになっていますが、今回は事業が混迷していたので、コスト抑制の要望が強く、最終的には1つのシステムで外装をまとめています。
アルミスパンドレル、アルミボーダーとガラスの三要素だけで、織物のようなパターンでファサードを構成しています。中国ではサッシュメーカーというよりは外装全般を請負う会社が、いろんなメーカーの形材をアッセンブルして施工図を提案してきます。日本では考えられないような高度な収まりを提案してくる一方で、寸法は現場で調整していくようなところもあり、当惑しながらも違いを楽しんでいました。やはり、日本の建築のクオリティはゼネコンの力と職人の精緻な能力に依ることを改めて認識しました。
完成しつつある建物は、少し離れて見れば収まりの粗さは気にならず、デザインの意図通りに太陽の角度により色んな表情を見せてくれます。
弊社のような小さな事務所がこのような大きなプロジェクトを任されるのも、中国ならではです。最終的には4棟全て売却できて、事業的には大成功だったようです。
正面ファサード
PM2.5のせいで空気が少し黄色味を帯びている
目指したのはアルミとガラスで構成する織物。太陽の光を反射して狙い通りのファサードに。階数がわからないガラス窓の配置。アルミスパンドレルは最後までアルマイトを主張するも、中国では品質が確保できないということで、焼き付けに。
4棟に囲われた中庭の食堂棟同じ素材、システムながら、中庭側は白で統一。

メインアプローチメインアプローチ見上げ

当初の計画案。10棟を一つの建物に見せる皮膜的外装。この外装は最後まで生きることに。

新しいワークスペースを提案。オフィス棟で囲まれた中庭はアトリウムとして地下まで一体的に商業施設を配置。

シンガポールの都市マネージメント

100年前の倉庫をリノベして昨年オープンしたというThe Warehouse hotel。 このシンガポール河沿いは、ウォーターフロントを活かして、商業と住宅、さらにアミューズメントまで整備されていて、とても魅力的なエリアになっていました。 シンガポールは管理社会で息がつまると表現する人もいますが、都市をマネージメントする発想で、古い建物を活用しながらの都市計画は、人工的に偏らない程よいバランス感覚を感じます。日本のニュータウンにある、つまらなさ、退屈さはありません。

日本の街づくりのベースにあるのは、数値化出来る公共貢献しか評価しないこと、公共空間で商売することを否定することで、そこに都市マネージメントという発想がないことです。公共貢献とは、市民が集まり、賑わい、憩い、楽しめる場を創ることで、そこには官民の境界は不要で、民間の力を利用してそのような場を作れるのではないかと思います。

戦後20年で復興した日本を評価していた建国の父リー・クワンユーは、マレーシアから捨てられたシンガポールを数十年間で豊かで綺麗な国に変貌させたわけですが、少なくとも都市マネージメントに基づく街づくりでは、今や日本が学ぶことは多いのではないでしょうか。

シンガポール河を下るとマリーナベイサンズ

 

今年の研修旅行はシンガポール

今年の研修旅行はシンガポールでした。

昨年同様Airbnbで借りた家は閑静な住宅街にある5ベッドルーム、3バスルームで、なんどプール付の家でした。スタッフ全員で泊まれ、リビングルームを共有できるのがAirbnbのいいところです。しかも安い!

街を感じるには歩くのが一番!ということで、毎日18km程歩きました。シンガポールはチャイナタウンをはじめ、リトル・インディア、アラブ・ストリート等民族の街があり、それぞれに個性があり街のスケールも歩くには丁度いい広さです。

シンガポール料理は海南鳥飯、バクテー(肉骨茶)、チリクラブなど満喫しました。

森の中のカフェで朝食

バクテー(肉骨茶)で有名な店で

海南鳥飯をフードコートで

重ね地図でみる江戸時代の東京

私がいつも行っている散髪屋さんは今年で200周年!つまり1818年文政元年創業であることを昨日知りました。現在も営業している理容室では最古だそうです。今の店名はアルファベットで、庶民的な価格なので、そんな格式ある理容室とはつゆ知らず通っていました。
東京は戦争で建物は焼失し、街並みの歴史性は分断され、現代に生きていると江戸時代のレイヤーの上に現代のレイヤーが重なっていることを忘れてしまいますが、東京には江戸時代から続く庶民の文化があることを気付かされた次第です。
昨年から浅草橋や蔵前などの下町での仕事が増え、江戸時代はどんな所だったのだろうという興味が湧いて来て、江戸時代と現代の地図を重ねて見る地図を購入し、調べ始めています。その結果、今計画中のホテルは有名な武将の屋敷であることが判明しました。この歴史をデザインに生かせないかと考えているところです。
江戸時代の地図を見ていて面白いと思ったのは、日本橋から銀座、新橋まで庶民の街が南北に連続し、その両側が運河を挟んで武家屋敷でサンドイッチされていたということです。武家に必要な職人や商品を扱う庶民の街がすぐ近くににあった方が便利。また、万一の防犯対策として庶民の街との間に運河を設けたということでしょうか。そう考えると、都市計画的な視点が垣間見れます。
残念なのは江戸時代の水路の多くが無くなったり、高速道路となっていることです。門前仲町付近の地図をみると今からは想像もつかないほど、水路が張り巡らされています。どんなウォータフロントだったんだろうと空想が広がります。
今東京の街は水辺に対して裏を向けていて、とてもつまらない水辺空間となっています。オリンピックがそれを変えるきっかけになれば良かったんでしょうが、もう間に合わないですね。しかし今後へ時間をかけても水辺の再生をしていくべきでしよう。

重ね地図(東京時代MAP大江戸遍)。中央のグレーの上が日本橋。下が銀座

江戸時代の門前仲町付近。右下に富岡八幡宮が。

北京で工事中の外装のモックアップを確認

北京で工事中の現場の外装のモックアップの確認に行って来ました。

アルミのスパンドレルで全面を覆うデザインですが、日本のようにサッシュ業者、外装業者とは分かれておらず、すべてカーテンウォール業者が外回りを行うため、カーテンウォールのシステムでサッシュ以外も進めています。

カーテンウォール業者とはメールで施工図のチェックを何度か繰り返していますが、雨漏りが心配な雑な納まりを提案することもありますが、日本では考えられないような高度な技術を提案されることもあり、国が違うと色々勉強になります。

敷地は北京空港の滑走路の真下にあり、地下鉄の駅からも至近の比較的便利が場所にあります。

1万㎡が4棟で構成されます

一番難しい跳ね出し部分のモックアップ

新型のアルミスパンドレルで外壁を構成

施主とカーテンウォール業者で記念撮影

完成予想図

全人代の前でもあり、外部の粉塵を出す工事はストップ。11月から3月までもPM2.5対策のために外装の工事は止められているそうです。
ビックリする程のスピードで工事を進めていた中国も様相が一変しています。

初めてのロシアはウラジオストク

初めてのロシアです。
いきなり成田からプロペラ機に乗るとは予想もしてなかったのですが、ボンバルデイアは主翼が機体の上にあるので、どこからも景色が眺められるという利点があります。ジェット機だと2時間のフライトが3時間。 アジアでヨーロッパを感じると言われるウラジオストクは、ヨーロッパとまではいかないまでも、アジアのサンフランシスと言われるように、街全体が起伏に富んでいて、街の至る所から海が見えます。それほど期待していなかっただけに、より魅力的な街に思えます。そして、想像よりも生活レベルは高そうです。

街のメインストリート

小さく商品も少ないが、建物は立派な百貨店

海へと向かうプロムナード

街の隣にリゾート地という雰囲気

街を踊りながら進む女性グループ

プーチン大統領が数年前のAPECに合わせて作らせた斜張橋(金角橋)はとても巨大で、街のシンボルにもなっています。

街を横断する斜張橋(金角橋)

街の一番高い丘から金角橋をみる

街を走る車はほとんどが日本の中古車で、土建屋のトラックや幼稚園バスが日本語の表記のまま走っているという不思議なことになっています。

車は日本車が多い。渋滞は相当ひどい

日本語のまま乗っているトラック。運転手が出て来てジャパンを連呼

ウラジオストク駅はシベリア鉄道経由でヨーロッパに向かう出発点でもあり、逆に極東の終着駅でもあります。小ぶりですが帝政ロシア時代の雰囲気を色濃く残したデザインは、旅情をそそります。モスクワまで5日シベリアを走り続けるそうです。ちなみに飛行機でも8時間かかるそうで、改めてロシアの国土の広さを思い知らされます。

星のやとアマン

先日中国のクライアントが来日し、軽井沢の星のやと丸の内のアマン東京に宿泊した関係で、二つのホテルを体験する機会がありました。

軽井沢の星のやは、建築、ランドスケープ、照明ともにデザイナーは知人ですが、見学会に参加して以来、初めての宿泊となりました。

周知のようにレセプションはホテルとは離れたところに設け、黒の日産キューブに乗り換えて林の中を抜けてホテルの客室に移動。この手法はプーケットやバリで一般的な手法ですが、軽井沢の場合、チェックイン時以外の移動は公道を走る点で、少し興ざめでした。しかし、水の静と動を生かしたランドスケープは素晴らしく、客室の数がもう少し少なければ集落というコンセプトが更に生きたように思います。

緑と水と光があふれるレセプション廻り

緑と水と光があふれるレセプション廻り

私も以前10棟のヴィラが点在する24室のホテルの設計の経験があります。しかしながら、実施設計が完了し、確認申請もおりた段階でリーマンショックが起き、着工出来なかった苦い思い出があり、日本におけるヴィラ形式のホテルがどのように展開されていくのか大変興味があります。

星のやに宿泊し、やはりアマンを意識せざるを得ませんでした。私がアマンの手法に感心するのは、アメリカのホテルチェーンのように、自国のホテル文化を押し付けない点です。確かに、世界のどこに行っても同じような空間とサービスは安心感がありますが、ホテルと地域は隔絶されています。バリのアマンダリを訪れた時、近所の子供達が民族楽器の練習をしていて、建築はまさにバリ様式そのもの。この場所が最高級のホテルであることを一瞬忘れるほど、地域と繋がっていたことに感銘を受けました。それは空間やサービスを売るということだけではなく、「体験を売る」という基本姿勢が、必然的に地域とホテルが繋がることになっているのではないかと想像します。

建築のデザインについても、場面が展開していくシークエンスの作り方にいたく感心したのですが、デザインが前面に出ることはなく、利用者がくつろげるよう周到に計算されていることに気付かされます。「どうですか、私がデザインしたこの空間は素晴らしいでしょう!」というデザイナーの押し付けがましさが無いのです。自然と受け入れられる素晴らしい空間を体験することができます。

アマン東京は、アマンが実践してきたそんな世界各地のリゾート地にあるホテルではなく、初めての都市型ホテルのフラッグシップとして位置付けされているようです。

シャトルエレベーターでレセプションのある33階に上がると、暗めのモノトーンの石と白木(私には伊勢神宮の白木をイメージさせました。)で、見上げれば吹抜けの壁面は和紙の柔らかな光が包みます。一瞬にして日本文化のエッセンスを現代的に表現されていることに気付きます。

縁側と称するラウンジをカフェを区切る通路

縁側と称するラウンジとカフェを区切る通路

客室も白木をメインに使ったとても落ち着く空間でした。

客室は白木と障子で空間を構成

客室は白木と障子で空間を構成

奇しくも、同じ大手町に星のや東京が建設中です。部屋数は同じ84室のようです。日本ブランドとして世界戦略を図る星のやが、どのような都市型ホテルをつくるのか興味がつきません。

東泰規